今日を生きよう
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<テンプターズCD化記念!>






「今日を生きよう」といえば、グラスルーツのヒットで有名だが、実は、これのオリジナルは、イタリアで活動したイギリスのバンド、ROKESでもともとは、イタリア語で歌われPiangi Con' Meというタイトルだった。(このイタリア語ヴァージョンは、なんと当時日本でもリリースされているが日本でも売れたかどうかは不明。だが中古盤で、現物を見たことがないのでおそらくあまり売れなかったのだろう。)
ROKESは、イタリアでRCA参加のARCレーベルに所属していた。グラス・ルーツ版がヒットしたことから彼ら自身も後から英語ヴァージョンをリリースしている。この曲のクレジットは、Mogol,Shapiro,Jullianとなっているが、Mogolは、本名 Giulio Rapettiでイタリアの有名な作詞・作曲プロデユーサーで、B・Shapiroは、Rokesのメンバーでバンドの曲の多くを書いている。

rokes
写真でも右端のShel の背が高いことがわかるが、なんと192センチ以上もあったそうだ。ロークスは、イギリスでシェル・カールソン・コンボとして結成されドイツやヨーロッパ各国で活動したあとイタリアへ渡っている。最初は、ソロシンガーのバッキングをやっていたが、その後ロークスと改名してレコード・デビューした。当時は、他にもイタリアで活動したイギリスのバンドは、ソローズやモット・ザ・フープルの前身、ドク・トーマス・グループなど何組もあったが、ロークスの特徴は、非常にイタリアに同化していることだ。オリジナルが英米の曲でもほとんどイタリア語で歌っている。(ちなみにストーンズもイタリア語版を吹きこんでいるのでもわかるように当時のイタリアでは、母国語の歌が受けていた。この傾向は、70年代になってからのPFMでも国内向けはイタリア語、世界向けには英語と同じアルバムを2ヴァージョン作っていたことからもわかるように非常に根強かった。これは、また日本でも国内のバンドが英語で歌って売れた歌というのが、非常に少ないことと共通するものがあるかもしれない)。サウンドは、別にガレージではなく、初期は、60年代ビート後期は、ポップス系でちょっとプログレがかっているが、このあたりも非常にイタリアでは人気が高かったようだ。

Piangi Con' Me
 

ビデオクリップ ROKES Let's LIVE FOR TODAY



Living DaylightsGS、テンプターズのデビュー曲B面がこの「今日を生きよう」だった。松崎作のA面「忘れ得ぬ君」も良い曲だが、ショーケンが歌ったこの曲も良いできで、彼の歌う”おーのーのーべいびー”が印象的だったのだが、実は、グラスルーツには、この Oh No No は、出てこない。とするとテンプターズは、誰のヴァージョンを参考にしたのだろうか。
写真は、テンプターズと同じフィリップスレーベルから67年にリリースされているLiving Daylights(日本語の表記は、リビングデイライトになっている。)のシングル。RokesのヴァージョンにもOh No No そのものでは、ないが、同じメロディーをバックにセリフを語る部分があるが、Living Daylightsのヴァージョンでは、そのまんまOh No Noが出てくる。なかにし礼の書いた日本語の歌詞は、”おまえ”とか”愛してるんだよ”といった言葉使いが、ショーケンのキャラクターを生かしていてこれらいろんなバンドのヴァージョンの中でも 良い出来だ。

関係者に確認したところでは、テンプターズは、レコーディング・スタジオでこのリビング・ディライツのヴァージョンを何度か聞き、全体的な雰囲気をつかんだ上で、それをコピーするのでなく、自分たちのアレンジでレコーディングしたようだ。

実は、ドラムのフィル・インなど、他のどのヴァージョンよりもテンプターズのがカッコイイ! 
 

ところで シャラーラーラーラーのサビの部分には、元ねたがあるのをご存知でしょうか? これは、「ラストダンスは私に」で有名なドリフターズの「I count tear」のナーナーナー night and daysという部分にそっくり。
 
 

tempters
 

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