《The Fingers レア音源 1 》

エレキバンド時代  '64〜'68
 

   慶応大学の学生バンドで、T.I.C.(Tokyo Instrumental Circle)のメンバーとして活動していたザ・フィンガーズは'67〜'68年に某レコード会社から3枚レコードが出ているが、これらのレコードは実際のザ・フィンガーズとはおよそ懸け離れたものである。 

 

 

ザ・フィンガーズ(第四期)
        左から関口、高橋,成毛、高須、蓮見

  
ジャケットに書かれている事はレコード会社が適当に書いたものでウソばっかりだし(当時はみんなそうだった)、演奏はディレクターに押し付けられて弾きたくもない曲を弾かされたものや、中には誰が弾いたのか分からないものもある(これも当時は珍しくなかった)。

   レコーディングの時成毛は「自分達が普段演奏している“バンブル・ビー”や“荒城の月”をレコーディングさせて欲しい」と言ったのだが、ディレクターは「とにかくシングルを3枚出して、それが売れたらその後君等のやりたい曲を出してやるよ」‥と言ったので、成毛は「じゃあ最初の3枚だけ我慢すれば、次に自分達の曲をレコーディングできる」‥と思い、弾きたくもない曲をフテクサレながらレコーディングした。
しかし後で分かった事だが、この時ディレクターだと言っていた男は単なるブローカーで(これも当時はよくあった)、レコード会社は初めから3枚しか出す予定はなく、世間知らずの学生達は見事にだまされ、知り合いには聴かれたくないレコードが発売された。そのためザ・フィンガーズの普段の演奏とレコードは全く別のものである。

   ここのmp3ファイルは'68年2月24日に渋谷公会堂で行われた“パンドラ”というコンサートのリハーサルの時に録音されたもので、他人に聴かせるつもりでやっていないため演奏はかなり雑だし(笑い声も入っている)チューニングも合っていないが、これが実際に当時ザ・フィンガーズがいつも自分達のレパートリーとして演奏していた曲である。
メンバーは‥
   成毛 滋   LG.
   高橋信之   SG.
   蓮見不二男  Org.
   関口恵一   Drs.
‥で、ベースは正メンバーではなく、T.I.C.の仲間だったザ・プラネッツの岩崎道夫が助っ人として演奏している。
 
 

BUMBLE BEE.mp3 
(3:16 1.5MB)

 '65年3月20日に有楽町のヴィデオホールで行われた“第3回 T.I.C. JAMBOREE”で初演され、以後ライブで必ず演奏されたザ・フィンガーズを代表する曲。


 

第3回T.I.C.JAMBOREEのザ・フィンガーズ(第二期)。       
 左から朝吹、高橋、成毛,斉藤

                 
原曲はヴァイオリンの「FLIGHT OF THE BUMBLE BEE」で、それをフレディー・マーティン楽団というダンスバンドが「BUMBLE BOOGIE」としてピアノのブギウギにアレンジして演奏していた。
そしてザ・フィンガーズのリーダーだった三野村清雄がピアノでこれを弾いていたのを成毛がギターで弾くようになり、それにベンチャーズの「BUMBLE BEE TWIST」とロス・インディオス・ダバハラスの「FLIGHT OF THE BUMBLE BEE」をミックスしてアレンジしたもの。
 当時よくデパートの屋上やプールサイドで行われたアマチュアバンド・コンテストに出場してはこの曲を演奏して優勝し、主催者に「コンテスト荒らし」と呼ばれるようになった。
途中リードギターが同じフレーズを何度も繰り返す所では「ハエたたき」を持った奴が出て来てハチを追い掛け、ハチがシンバルにとまったのをバシンと叩くと後半が始まる。
 
 
 
荒城の月.mp3 
(4:14 2MB)

  '66年5月、ザ・フィンガーズがフジTVの「勝ち抜きエレキ合戦」に出場し、第1週目(6月1日放送)に演奏して50点満点を出し、その後「グランド・チャンピオン大会」の決勝(7月13日放送)でも演奏し、ゲスト審査員だった寺内タケシに「スゴイ!」と言われ、「エレキ日本一」に輝いた曲。以後、BUMBLE BEEと並んでこの曲もライブで必ず演奏され、ザ・フィンガーズの代名詞にもなった。


フジTV「勝ち抜きエレキ合戦」に出場したザ・フィンガーズ(第四期)
 左から高橋,関口、成毛、高須



その後レコーディングもしたのだが、「曲が長過ぎる」という理由で発売されなかった。
 
 

12番街のラグ.mp3 
(2:49 1.3MB)

カントリーのギタリスト、ロイ・クラークの演奏をコピーしてフィンガーズが演奏したもの。
'64年10月3日に有楽町ヴィデオホールで行われた“第1回T.I.C. JAMBOREE”では、Mack's 4のリードギター小松 久(後のヴィレッジ・シンガーズ)がこの曲を演奏し、観客を総立ちにさせた。

 



第1回T.I.C.JAMBOREEの小松 久(Mack's 4)


この時舞台の袖で見ていた成毛は、「すごい!よし俺もあぁいうのをやろう」と思いたち、以後速弾きをやるようになった。
ロイ・クラークには他にも“ドリフターズ・ポルカ”、“ビヤ樽ポルカ”‥等の速弾きの曲があり、又レス・ポール、マール・トラヴィス、ジミー・ブライアント等にも速弾きの曲が沢山あったので成毛は片っ端からコピーしたが、T.I.C.の他のバンドも競って速弾きをやるようになり、当時のT.I.C.は速弾きオンパレードであった。
小松 久は現在も時々この曲を演奏している。
 

 《The Fingers レア音源 2 》

BIOGRAPHY