CHOCOLATE WATCH BAND

 チョコレート・ウォッチ・バンドは、3枚のアルバムと数枚のシングルをリリースしたことになっている。が、しかし、このアルバムから見えるのは、本来の彼らの姿とは、程遠いものだ。というのも、それらのアルバムには、彼らとは、全くかかわりのないスタジオ・ミュージシャンによる録音やデモにセッション・メンバーを加えたものが多く含まれているからだ。
 彼らは、サンフランシスコから15マイル南へ下がったサン・ホセで、学生バンドとして65年にスタートした。初期のラインアップは、Mark Loomis(ギター)、Ned Tomrney(キー・ボード)、Danny Phay(ボーカル)、Rich Young(ベース)、Jo Kemling(オルガン)、Gary Andrijaservich(ドラムス)で、"Don't Let Teh Sun Catch You Crying""Since You Broke My Heart"の2曲をレコーディングしたが、これは、未発表に終わった。(これは、Big Beatの「No Way Out..Plus」収録されている)。このラインアップで、サン・ホセのローカル・サーキットで、活動していたようだが、徴兵などで、メンバーが抜け、66年には、Mark Loomis,Gary Andrijasevichに、DaveAguilar(ボーカル)Sean Tolby(ギター)、Bill Flowers(ベース)を加えた新しいラインアップで、再スタートを切った。このメンバー変更により音楽性は、よりアグレッシブになったようだ。彼らは、ローリング・ストーンズやヤードバーズなどブリティッシュ・バンドの影響を強く受けており、レパートリーも、もっぱらそれらのバンドのカヴァー曲だった。66年のサン・フランシスコ付近といえば、サイケデリックが台頭しつつあったが、彼らは、そんな音楽とは、無関係の破壊力に満ちたガレージ・バンドだったのだ。彼らが、サイケデリック的なものから影響を受けたのは、只ひとつ、ジェファーソン・エアプレインというネーミングのおもしろさにインスパイアされて考えたというバンド名だけだ。(ちなみに、元々シックス・ペンスという名前だった、あるバンドは、チョコレート・ウォッチ・バンドという名前に影響を受けて、同じく 食べ物+時計 というバンド名を考えた。これが、ストロベリー・アラームクロックだ。)
 ベイ・エリアで、ライブ・バンドとして、積極的に活動していた彼らに転機がおとずれたのは、66年の終わりだった。スタンデルズをプロデュースして「ダーティ・ウォーター」をヒットさせていたプロデュサーのエド・コブが彼らをスカウトしたのだ。エド・コブとしては、ベイ・エリアのサイケデリック・ムーブメントに目をつけて、新しいバンドを探していたらしい。(おそらく彼は、CWBのサウンドよりもネーミングに注目したようだ)エド・コブのグリーン・グラスプロと契約した彼らは、タワーのサブ・レーベルのアップタウンよりファースト・シングル“Sweet Young Thing/Baby Blue”をリリースした。“Sweet Young Thing”は、エド・コブがPaint It Blackを意識して書いたオリジナルで、ミック・ジャガーを彷彿させるDaveの歌とアグレッシブな演奏が心地よい緊張感をもたらしている。Baby Blueは、いうまでもなくボブ・ディランのカヴァーだ。しかし元々R&Bレーベルだったアップタウンからのリリースということが災いしたのか、このシングルは、売れず、次に録音したインスト・ナンバー、“Blues Theme/Loose Lip Sync Ship”(前者は、Dave Allen ant the Arrows のカヴァー)は、タワーからは、リリースできず、Hanna Barbera RecordsよりThe Hogsという変名でリリースされた。これは、両面ともインストで、フランク・ザッパのマザーズ・オブ・インベンションのスタイルを真似していたので、このレコードのプロデュサーは、フランク・ザッパの変名だと噂されたこともあるが、実際には、無関係だった。
さて問題のファースト・アルバムだが、ある木曜日にバンドメンバーは、「明日からレコーディングだ」と飛行機でロスへ連れてゆかれ、スタジオに入ったという。レコーディングした曲も、彼らの普段のレパートリーではなくエド・コブが選曲したものだった。オリジナルの少なかった彼らにエドが、用意した曲の中には、有名バンドのカヴァーだけでなく、アリゾナのガレージ・バンド、タングス・オブ・トゥルースの“Let's Talke About Girls”もあった。
ライブ・バンドで、スタジオ・レコーディングに慣れていなかった彼らは、どのレコーディングにも満足できなかったという。(しかし現在残されている彼ら自身の演奏は、十分衝撃的であり、かつ魅力がある。ライブでは、もっとすごかったということだろう)
 そしてエド・コブは、ボーカルに黒人のセッション・シンガーDon Bennettを起用した曲や、まったく関係のないスタジオ・ミュージシャンが演奏した曲を混ぜてアルバムを作ってしまったのだ。それは、本来のウォッチ・バンドが持つ力強さを活かす代わりに、ジャケット写真も含め、なんとか流行のサイケデリックな印象を与えて売ろうとしているかのようだ。アルバム全10曲のうちDaveの代わりにDon Bennettがリード・ボーカルをとっている(なおバック・コーラスもバンド自身でなくEthan McEloy)のは、“Let's Talk About Girls”、“In The Midnight Hour”、“Hot Dusty Road”“Gossamer Wing” 。肝心のDaveのボーカルをオミットしているのだから、エド・コブがいかにCWBの本来持っていた魅力に理解がなかったかわかるだろう。実は、デイブが歌っている“Let's Talk About Girls”のデモが現存するのだが、実はこっちのほうがずっとワイルドで破壊力があって格好いい。(これは現在に到るまで未発表のまま)しかし、エドは、それよりも、もっと売れ線のサウンドにしようとしたのだ。彼は、「売れるバンド」を作ろうとしていただけなのだ。 このほか全く関係のない人たちが演奏しているのは、“Dark Side Of Mashroom”、“Expo2000”、だ。つまり、本当にCWBの演奏といえるのは、“Come On”、“Dark Side Of Mashroom”、“Are You Gonna Be There”“Gonna And Passed By”“No Way Out ”だけにすぎない。

 メンバーはレコードがリリースされるまで、アルバムがこのような編集になっていることを知らなかった。そして、、このとんでもない内容を知ると激怒して、禄に聴かずに捨てたという。そしてこのアルバムに収録された曲をライブで演奏することは、1度もなかった。
もともと彼らは、レコードをリリースすることをさほど重要視してはいなかった。まして自分たちの手で自分たちの音楽が出来ないレコードだったら尚更のことだ。それよりもライブでビッグネームと共演し、時には、自分たちの熱演で、それらのバンドに一泡ふかせることこそが楽しかったからだ。ウォッチ・バンドは、有名バンドの前座で、わざとメイン・アクトのバンドの曲を演奏して挑戦することもあり、シーズの前座で、シーズの曲をやったときは、本物以上にうまい演奏で、シーズの方が青くなったという伝説も残っている。彼らは、フィルモアで、デッドや、ヤードバーズ、ジェファーソン・エアプレインなどとも共演していた。そして当時は、この他にも週末に演奏ができてファンが集まってくる場所には、事欠かなかったので、ライブは、とてもエキサイティングなものだったからだ。
結局67年末にボーカルのDaveはバンドを脱退する。その後に、セカンド・アルバム「The Inner Mystique」がリリースされた。実は、これも本当の意味でのウォッチバンドのアルバムとはいいがたい。タイトル作の“Innner Mystique”“In The Past”、は、スタジオ・ミュージシャンによるもの。“Let's Go Let's Go Let's Go”は、The Inmates(歌はDon Vennett)、“Voyage Of The Trieste”は、The Yo Yozによる演奏だ。また“Medication”もDon Vennettが歌っている。つまりバンド自身が演奏しているのは、B面にあたる部分だけだが、このうちBaby Blue は、シングルからのリミックスだ。しかし、このB面の曲は、それだけでも十分に聞く価値のあるものだ。同じサンホセのサーキットで活動していたBroguesのカヴァー“I Ain't No Miracle Worker”、キンクスの“I'm Not Like Everybody Else”。ガレージ・バンドとしての硬質な輝きを失わないタイトな音がここにある。
そして69年には、サード・アルバム「One Step Beyond]がリリースされた。これは、デイブ以外のメンバーで再結成されたバンドに古くからのバンド仲間だったDanny Phayを加えての新しいラインアップによるものだった。このアルバムで、彼らは、ようやく自分たちが作った曲を演奏しているが、しかしこの頃には、目指す音楽性も変わっており、もはやガレージ・バンドとしての姿を見出すのは、むずかしい。ここで語るべき本来の"ガレージパンク・バンド"としてのCWBとは、無関係な作品といってもよいだろう。 現在彼らのこの3枚のアルバムは、米SUNDAZEDからリリースされている。この再発CDで、重要なことは、それぞれにボーナストラックが収録されているが、シングルや未発表など、ガレージ・バンドとしての彼らを知る上で欠くことのできない曲が収録されている。それらを簡単に紹介しよう。(なおこれらは、VIVID SOUNDから解説をつけた日本盤も出ていたが、現在は、入手困難)
*NO WAY OUT のボーナス
In The Midnight Hour(未発表ヴァージョン)
Milk Cow Blues
Psychedelic Trip (未発表曲)

*Inner Mistique の ボーナス
She Whaves A Tender Trap
Misty Lane
Baby Blue(シングル・ヴァージョン)
Sweet Young Thing

アップタウンからリリースされた2枚のシングル曲。ペブルスでおなじみの”Sweet Young Thing”をはじめガレージパンク
の傑作が並ぶ。本来のこの路線でアルバムが作られなかったのが本当に残念。
アルバム自体は、片面しかCWBの録音がないが、このボーナスは、それを補ってあまりある内容。

*One Step Beyond の ボーナス
ガレージファンにとってこのCDは、ボーナス目当てで買わなければいけないといっても過言でない。

Don't Need Your Lovin'
Sitting There Standing
Blues Theme
Loose Lip Sync Ship

”Blues Theme””Loose Lip Sync Ship”の2曲は、'66年にThe Hogs 名義でリリースされた、シングルの曲。オリジナル・メンバーによるレコーディングだが、曲は、インスト。
残りの2曲は、映画Riot Sunset Strip からのサントラ盤。(映画とは、ドラムのトラックだけ差し替えられているらしい)
これらは、このCDのほか、BIGBEATからスタンデルズの未発表曲とカップリングされた映画のサントラ盤でも聴くことができる。
 

 この他英ビッグ・ビートからも彼らのCDは、再発されており、なかでも「44」(CDWIK25)は、本当のチョコレート・ウォッチ・バンドのレコーディングを集めてある点でベストな1枚。ただし、すでに廃盤。ビッグ・ビートからは、他に「No Way Out Plus」というボーナストラック付きのCDがでているが、このボーナストラックのうち、Misty Laneの別ヴァージョンとされているものは、スタンデルズのヴァージョンが手違いによりウォッチ・バンドの録音として収録されたものなので、注意。

 チョコレート・ウォッチ・バンドは、サイケデリックのメッカとされたベイ・エリアで、67年になってもまだ、アグレッシブにビートをたたき出していた最後のガレージ・バンドだった。余計なものをとりのぞいて本来の彼らの姿を注意深く聞けば、彼らの本当の姿に出会えるだろう。(スタジオ・ミュージシャンによる曲を一概に否定するわけではないが、少なくともそれらは、バンドとは、無関係なものだ。ただし、歌だけをオーヴァー・ダブしたものについては、慎重に考える必要があるだろう。とはいえCWBのリーダーは、ボーカルのデイブだったわけで、セッションマンをボーカルに据えた曲は、要を失っていることになる)

 彼らは、この数年、再結成でライブをやったりしているが、30年近い時をへだてて再び集まった彼らが、スタジオで最初にセッションした曲は、いつも演奏していたにちがいない“Baby Please Don't Go”だった。その彼らが今も困惑させられているのは、どのような事情で、レコーディングが行われたかを理解していないファンに、自分たちと関わりのない演奏について、評価されたり質問されたりということだという。

*チョコレート・ウォッチ・バンドを知る上で、忘れてはならないのが、映画「Riot On Sunset Strip(サンセット通りの暴動)」だ。ここで演奏している、「Don't Need Your Lovin'」「Sitting There Standing」は、彼らが普段から演奏していた自作の曲なので、本来のCWBを垣間見ることができる貴重なものとなっている。
この映画では、主題歌も担当したスタンデルズの演奏も見ることができる。
 
 

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